YURRYちゃんのぷるぷるワールド

わぁ!すげー!すてき!のシンプルな感情を心の奥底から感じることが大好き。いつも人間らしく野生で犬のように動き回って生きたい永遠の子ども

YURRYはSNSを駆使したくない

 

*今回は文字だけ。読みにくいです*

 

すさまじく時代が変わっていっているのはわかってる

もうつかみきれないありふれた情報 なにを信じていいのか誰の言葉が的をついているのか もう画面にかかれた文字だけではなにも判断できない

 

 

 

あーー生きてないなーーー

 

そう感じたのはここ最近

インフルエンサーと呼ばれる時代の最先端を走っている彼ら彼女らをツイッターで拝見する毎日 

 

 

ああわたしって頭わるいな

置いてかれる

わたしも大物になりたい とすると彼らをマネするところからなのか

はやくしなきゃ。やばい。どうしよう・・・

 

 

 

 

すごい 

時代が見えてるインフルエンサーたちの情報は始め、わたしの見えてた世界に革命を起こしたかのような話で。そうなの?!へー。 って 興味津々だった

 

だけど

次第に彼らの情報を見ることは、追い詰められたかのような感覚になる毎日になっていた

 

まったくアイデアもワクワクもでてこなくなったのだ

 

 

 

その情報にふれることで自分が刺激されて前に進めるならまだしも、時代の先駆者だと思っていた人たちの情報を見て、なぜ、楽しくないんだろう

 

彼らの情報にふれることによって、自分が小さいなあとか、こうすればいいのか!とか新しい視点をくれるのは確かだけど、

それ以上に、YURRY今のままじゃだめだ。なんとかしなきゃ、はやくはやく。

ってあせる気持ちが強くなって、もうなんのアイデアもうかばんくなった。

 

 

考えた

彼らの情報をみることが自分にとってプラスなのか

猛烈にSNSによって自分を発信しやすく見つけられやすくなった今

効率、時間、ミニマリスト、、、さまざまな用語が飛びかう今

インターネットを使わない?ばかでしょ

 

そんな今

 

四方八方四六時中だれかから見られている気がして、自分の領域にズカズカと他人が入ってくるのが簡単になってしまい、そう、   くるしいのだ 

 

 

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中学生のころ、はじめてスマホをもった

LINEやインスタを始めると、友達がフォローしてきた。いつでもつながってる状況になってしまった  

 

いやだった

 

そう、わたしはあのころからへんな違和感と疲労とともにしてきた

インスタは友達にフォローされるのがいやでブロックしたりした

せっかくスマホあるのに電源落としている時間も長かった

 

 

なんで友達と一緒にいない時間まで友達にみられてなきゃいけないの?

くるしかった しだいに慣れていったけど

 

 

 

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これからの時代はインターネット必須だろ?!

生活はネットとともにあるんだ

 

わかっている。そんなことはわかっている

ましてやこんな平凡なYURRYが有名になりたい!!なんていったら、まずはインスタやツイッターで発信したら?と考える そんなことはわかりきったことなのだ

 

 

しかし

わたしはこのSNSというものが好きではないのだ。

そこにあるバーチャルな世界 もう一人の自分?

液晶画面 見ていると頭も目も痛くなってくるのは私だけだろうか

1人でいるのにだれかに常に見られている 

生きてる感ないこと

 

 

 

 

生きてる感を感じることが大好きなわたしはSNSに生命をみいだせない

インスタも情報発信の手段となってしまった

(2012年から使用しているわたしからすると個人的にインスタは個人をぶいぶい言わすところでない、アーティスティックな空間がもうなくなってしまった。かなしい)

 

めぐるめぐるかわる時代 情報をかんたんに浴びれる今

SNSを駆使して生きていくことがわたしにとって楽しいことなのか?

 

まったくわくわくしない

正直つかれた

 

頭わるいのもわかっとるし、時代の最先端についていかなくていい

うちが幸せに感じることはなんなんだ?

心のわくわくとともにゆっくり歩いてこうや?