YURRYちゃんのぷるぷるワールド

わぁ!すげー!すてき!のシンプルな感情を心の奥底から感じることが大好き。いつも人間らしく野生で犬のように動き回って生きたい永遠の子ども

ディズニーシーアトラクション「ソアリン」から

 

 

思わず拍手をしている自分がいた

 

 

 

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席の数は90

女子高生たちのキャッキャする声がこのアトラクションの誕生と勢いを物語っている

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1万円払える。

表現のやわらかさと神秘的な可能性を感じた。

5分ぐらいのライドなのだろうが、全身鳥肌だった

 

におい 嗅覚からも刺激をあたえ、イメージや感性をふと思い出させてくれるあのしくみはほんとうにまちがいない

 

 

 

 

ああ表現しようと思ったし

ああ地球にいるんだって思ったし

生きよう って思った

 

 

 

音 目 嗅覚 を刺激するアトラクション

 

 

 

ぜんぜん地球にありがとう そして生きる

生命力 神秘的なエネルギーを感じた

そうとう企画も金も動くんだろうが、あの一瞬でこの世界を再現することが本当にプロ。プロフェッショナルだ

たった5分、いや3分だったかもしれない

人の心を動かすアトラクション ものすごく支えがあってできたものだと

 

一瞬だが 心に余裕をもたらす しくみと世界

「すごい」なんて言葉で終わらせない

そんな簡単な言葉で感想を書くのは失礼だと本気で思う

 

とにかく すばらしかった

 

 

 

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世界をみればわたしたちは小さくて

においを嗅げば異なる箱を思い出し

動物をみれば 生命をかんじる

 

あの音をきけば あの時間にもどりたい と感じ

そのにおいは ほんとうは  じぶんの心にあるもの

 

上からみれば 下からみえない世界があり

外からみれば 中からみえない世界がある

 

東京はいがいと 光っていて

東京タワーと新宿の光は社会のくるしみを見続けている

暮らしはここだけじゃなく森も川も宮殿も

 

 

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ぞわぞわした

たのしかった

トリハダだった

おおきかった

ひろかった

ちいさかった

においした

音がきこえた

東京がいた

わたしがすんでいた

ディズニーにいた

 

 

わたしはまだ やれる

生命を感じ感性を爆発的につかったこの瞬間がさいこうにしあわせ

どんどん 神秘的な生命にふれていくし 表現をする

ディズニーありがとう

 

 

 

 

沈み

.

つらかったし 見えなかったし 雪山に置き去りにされているようで

気持ちと現実がかみあわない日々が苦しくて放り投げた

.

2019年がおわった

2020年がおとずれた

.

天井を見つめては一日7時間

スマホを見つめては一日9時間

わけもわからない からだ のどこからか、”いやだ はやく”ときこえる

そんな叫びがじぶんの口から奇声となってでてくる

 

”わたしはなにをしてるんだ” と

 

.

リズムのよい、テンポのよい波にのれない つまり生活に刺激とわくわくと恐怖がなくなってきて、そんな現状にいる自分がゆるせなくて 「せっかく休学したのに」とか「自由になんでもしていいのに」とかどんどん責めるワードが心に刺さっていくんだ。

 

 

常に波にノっていたかった

 

たくさん考えた

意味があるのかわからない熟考を何か月もくりかえした

 

 

 

ほんとうに落ちていた

 

 

 

しかし今日YURRYが以前かいたブログを読み直したんだ。

 

yurry-narnia.hatenablog.com

 

 

これを読みおわって感じた

 

あ~~~~~~~~~~~~~   って

なんてすばらしい感性なんだって

とても憧れる存在だって

YURRYのこの感性まじ宝だな  って

じぶんがもってるもん見えてなかった

 

 

テイラースウィフトのコンサートのときも、バリで気づいた不思議な力も 感じる力があるんだ わたしは 

そして表現をしていくんだ

 

 

YURRYの感性っていう宝はゆずれねえよ

1年間の沈み込んだ体験も芸術に化してやろう 

 

自伝第3弾執筆中!!

 

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残されたのは人間と生命とアートだった

習慣である日記の一部をきりとる

10/28

 

無であり、無力であり、力もなくただ存在しているYURRYから発するのは、知っている世界からNEWは生まれず、comfortableは心と脳を固めてしまうということだ。2週間外にいる日もあれば、友達の家でごろごろし、YouTubeを永遠に見るという日もあった。1年前、いや2年前から自明のことであったが、「部屋」という存在はなぜか私をこわす。立ち上がるとフラっとし、浸っていたSNSに殺意を感じる。何も得るものはないとわかっていながらTwitterYouTubeを見るのは「外」「NEW」を十分に得ていないからだろう。そのすきまをうめるように暇つぶしを、生産性のないSNSという恐怖のアプリケーションで使ってしまうのは、何とも自分の首を自分でしめているようだ。

 

SNSで戦ってるやつらはそれが武器なのだから、やり方もツイートの仕方もフォロワーの集め方も、見せ方もすべてわかっているのだ。しかし私はどうだ。足がからまったように、自分のリズムを自分でこわしにいっているのだ。

もうそんな中途半端な使い方はやめたらどうだい?

 

何事も中途半端で得られるのは、中途半端な結果しかない。だれもの生活と思想が垣間見れる時代になったからこそ、何が良くて何が悪くてどう進むのが良いのか影響を大きくうけるようになってしまった。しかしネットでツイートやYouTubeで時間浪費してる暇のあるやつらに外でたくさんの生命とアートにふれてる人間の経験から生まれる思想と意見が理解できるだろうか?そしてそいつらも同じような思考パターンになると思うか?いや、ぜったいならないだろう。何倍も濃い時間を使って過ごしてる人間の価値ある思想がかんたんに流されるようじゃ、本気じゃないっつーか、それこそ中途半端なんだよね。

 

極めてる人間はさ、理解不能なんだよ。理解できることをやってるうちは、まだまだ不純物混じりの人間界ってことよ。なんていったら日本の20代の若者80%ぐらい、人間でもないからね。でも彼らは見えてない。自分たちがインターネットや社会にあやつられてもう人間ではなくなってることに。そのままおもちゃの箱の中で一生を終え、死んでいくんだ。そう死に。

そんなコンピュータ、ロボットとかがうじゃうじゃいる日本で遊ぶのと人間と遊ぶの、どちらが楽しいか? 自明である。

残されたのは人間と生命とアートなんですよ。これは1年前から言ってるね。で、これで遊ぶには「部屋」にいてはだめなんですよ。これに会えるのは必ず「外」で「NEW」な所なんよね。場所に限らずNEWは「人」でもいいの。Aと一緒にいるときのバリ島とBと一緒にいる時のバリ島ってらぜんっぜん違うくない?方向が違うとかじゃなくてがちがうんよ。このアートなんよ。

 

そして遊びと生きることにはリズムがある。このリズムをふみはずすと戻るの難しいんだよね。だけど常に全力疾走はできないし、落ち込む時もあるからリズムから外れたときの戻り方を覚えなきゃこの先うまくのりこえられないと考えている。

 

上や先輩やseniorの甘い言葉はいらない。彼らのgoodがわたしのgoodではない。見方をくれるのは大変いいことだけど妥協はしない。

甘い蜜なんていらないのですよ

 

おなじ田舎への挑戦の満足度が180度ちがったモンゴルとダーウィンを徹底分析する

はろはろ~

いかがお過ごしでしょうか。

YURRYは日本に帰ってきて1か月たとうとしており、日々youtubeをみながらごろごろ生活を真剣にしています。

あ、あしたからバリ島いってくる(またかよ…

 

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さておき、そんな生活の中やはり頻繁に考えるのはダーウィンへの挑戦がなんでしょぼく感じたんだろう、ということ。なぜかというと、わたしは2年前にダーウィンより田舎のモンゴルでインターンをしていたんだが、たった3週間にも関わらずそれまでの人生で一番キラキラした宝物のような経験をしたからだ。

だからダーウィンという田舎でもおもしろいことを見つける自信があった。なのになのに…おもしろくなかった!!!(^O^)

 

なので狂人になってしまいました⇓

 

yurry-narnia.hatenablog.com

 

 

だからね、なにがちがってなにが私が求めているものなのか

くやしいから徹底分析してやろうと思う

 

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①言語

モ⇒英語が通じない。ジェスチャーモンゴル語

ダ⇒英語

 

②仕事

モ⇒毎日基本的には同じこと

ダ⇒毎日基本的には同じこと

 

③寝床

モ⇒一人部屋。だれか遊びに来る

ダ⇒シェアハウス。だれかと話す

 

④休みの日

モ⇒休みなし

ダ⇒友達とナイトマーケット。部屋のそうじ。パブへ行く。

 

⑤食事

モ⇒モンゴル料理。作ってもらえる

ダ⇒自炊。友達のまかないをもらう

 

⑥ケータイ

モ⇒つかえない

ダ⇒いつでもつかえる

 

⑦日本人

モ⇒わーい!日本人!

ダ⇒うぇ‥英語のばしたいから近づかないで

 

⑧同僚

モ⇒モンゴル人。たくさん話しかけてくれる

ダ⇒台湾人。たくさん話しかけてくれる

 

⑨友達

モ⇒モンゴル人

ダ⇒多国籍

 

⑩気候

モ⇒肌寒い

ダ⇒常夏☀

 

⑪当時の年齢

モ⇒ティーンネイジャー19歳

ダ⇒ちょっぴりおとな 21歳

 

⑫労働時間

モ⇒一日12時間

ダ⇒一日8時間

 

⑬自然

モ⇒草原!馬!ひつじ!

ダ⇒クロコダイル!ヘビ!

 

⑭遊び場

モ⇒草原!

ダ⇒パブ!

 

⑮日常でやばいこと起きるか

モ⇒電気とまったり。水シャワー耐えたり。部屋からでられなくなったり。

ダ⇒痴漢現場に遭遇。理不尽な中国人遭遇。

 

 

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違う事象

①言語④休みの日⑤食事⑥ケータイ⑦日本人⑨友達⑩気候⑪当時の年齢⑫労働時間⑬自然⑭遊び場

 

同じ事象

②仕事③寝床⑧同僚⑮日常でやばいこと起きるか

 

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違う事象の比較

①言語

モ⇒0からコミュニケーションしていく毎日が刺激的 ⭕️

ダ⇒英語がなめらかにしゃべれるようになってきたのを感じた瞬間さいこう ⭕️

 

④休みの日

モ⇒休みがあってもやることないので満足⭕️

ダ⇒休みがあるから楽しいことできるので満足⭕️

 

⑤食事

モ⇒伝統料理を毎日食べて満足 ⭕️

ダ⇒自炊で満足 ⭕️

 

⑥ケータイ

モ⇒つかえないからワイルドになれたので満足⭕️

ダ⇒日本、いつもと変わらない ▲

 

⑦日本人

モ⇒わーい!日本人! 満足⭕️

ダ⇒日本人とからまないことで徹底的に英語環境にしたので満足⭕️

 

 

⑨友達

モ⇒モンゴル人 満足⭕️

ダ⇒多国籍 助けてくれる友達がたくさんできたので満足⭕️

 

⑩気候

モ⇒肌寒い 寒かったが耐えれた ▲

ダ⇒常夏☀ 半袖半ズボンさいこう!⭕️

 

⑪当時の年齢

モ⇒ティーンネイジャー19歳  満足⭕️

ダ⇒ちょっぴりおとな 21歳  満足⭕️

 

⑫労働時間

モ⇒一日12時間  疲れたけど仕事しかやることないので満足⭕️

ダ⇒一日8時間  ひまな時間多くていやだった ▲

 

⑬自然

モ⇒草原!馬!ひつじ!  満足⭕️

ダ⇒クロコダイル!ヘビ!  興味ない ▲

 

⑭遊び場

モ⇒草原! さいこう!⭕️

ダ⇒パブ! どこでもできる遊びだな ▲

 

 

 

あれ…?(笑)

各項目を比較したがほとんどダーウィンでの境遇に満足をしている。

しいて言うなら日本のような日常からかけ離れた異世界と不便利さの中で生活していく自分が好きなのか。

 

しかし決定的になにかが違うはずなんだ。

ということで毎日つけていた日記をみかえす

 

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モンゴル

⇒毎日ちがう色の感性をつづっている。やはり喜怒哀楽が豊かに表現されていて悲しいことにも色がある

 

ダーウィン

⇒英語をのばすこと、自分自身を高めることにものすごく気合をいれている。感性なんて使ってなくて、いかにこの場所と期間ですごい人間になれるかにフォーカスしてる。なんだろ、すごい粘り気の強い柔軟性のない思考

 

 

わたしは休学してるんだから、オーストラリアに来たんだから、1年しかないんだから、チャンスをつかまなきゃ、一日たりともむだにはできない、、、めちゃくちゃレベルアップすることに気合入れてるダーウィン、という印象。

いや、いいんだけどさあ…これを達成できないと感じた時に負のループに陥ったわけよ。

 

 

考察

・せっかくこんな根性と気合あるなら正しい場所で鍛えなきゃだね。場所がちがうんじゃね、という印象。

・感性をぞんぶんに毎日使ってる自分がだいすきだけど、英語とチャレンジチャンスをつかむ目的で行ったダーウィンは場所がいまいち。

・もう一度モンゴルと同じ状況で同じ経験できるか、といわれたらぜったいできないよ。なぜならそれはもうわたしにはできることだしレベルアップしてるから。だからダーウィンで日本人いない場所で生活していくのは慣れていた。

感性を使えなかったかな。

たぶん感性には2パターンあって、自然からうける感性と自分のチャレンジから出てくる人や物事への感性。ダーウィンには後者をもとめていたかな。

 

 

じゃあなにがわたしに必要なのか?

チャレンジからでてくる感情と感性

あーこれがわたしの人生をカラフルにたのしくさせる要因かもしれんな

 

 

この結果をぜったい一生わすれない

以上

 

 

 

猛獣になってきました

オーストラリアから帰ってきた!

 

‥‥

 

海外へ飛び立ち5か月。予定とは違い今は日本、東京にいる。

あれだけわくわくを期待しどんな自分になれるんだろうと降り立ったオーストラリア、ダーウィン

正直な感想を言うと、つまらなかった。

 

最初の一週間は苦労したものの仕事も家もすぐにゲットし、いってしまえば超安定の生活を数か月させていただいた。

・・・

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ダーウィンって超マイナー都市なんです、日本人にとって。ワーホリでここにいくのはマニアックでレア。インターネットでワーホリ情報探してもぜんぜんでてこない。ワーホリ経験者からも詐欺エージェントからも、みな口をそろえてこう言いました。

「いや、仕事ないからやめとけ」

 

 

人がいかない場所ほど気になってしかたないわたしは、そんな忠告も耳にせずダーウィンへ降り立ちました。

だって未知な場所ほどおもしろいものがあると信じているから。

 

・・・

 

仕事はすぐに見つかりました。

とても心地の言いシェアハウスもすぐ見つかりました。

助けてくれる友達がたくさんできました。

仕事の人間関係でストレスはありませんでした。

給料がぽがぽでした。

3か月働いて7000ドル貯金しました。

ほぼ毎日ともだちとあそびにいってました。

平和で安定で何不自由のない生活でした。

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・・・

 

でも生活2か月目くらいからもう気づいてました。

この平和で安定してて、でもこれといった刺激のない日本のサラリーマンみたいな生活がストレスだということに。

 

体、体調にも異変がでました。(ストレス感じてるときのいつものパターン)

 

こーーーーんなステキな生活がストレスってばかげてると思いませんか?

楽してお金ガッポガポ入ってぬくぬく友達と遊んで…

ほかのワーホリ者たちはもっと苦労してましたが、わたしは仕事上とても楽にお金が手に入る状況でした。

 

 

もういやだ!!

そんな気持ちも爆発し契約期間ちょうどで仕事をやめ日本へ帰ってきました。

ショックだったのは、一番生活していくのがむずかしいだろう&おもしろいだろうと予想したダーウィンがチョロくてイージーゲームで予想していたよりおもしろい発見やアイデアに出会えなかったこと。

ここでチョロかったらシドニーメルボルン行ってなにがあるんだろう、おもしろいの?いや、おもしろくなさそう という思考回路が出来上がってしまったんですね。

だから他都市に行かずいったん日本へ来ました。

 

 

〈悲報〉

そんな「おもしろくねえ」の気持ちをひきずったまま日本に帰ったら、つねに「おもしろくねえ」人間になりました。

 

なにもする気が起きません

生きる目的見えません

ほぼ毎日家でYouTubeみてます

しにそうです

 

 

わらえませんよね。休学して1年なんでもできるチャンスの期間なのに。

うごいてうごいて、、パワーアップしていく自分がなによりも好きなのに。

もう限界なのかなとおもったんです。場所にすげえをさがすのは。

世界のどこでもわたしは生きていけます。適応性ずばぬけてます。アフリカでも南米でもわたしは生きれます。この数年間で立証しました。でももうそれじゃあ満足しないんです。

 

 

おもしろい をくれるのは 場所 じゃなくて  なんです

 

 

 

ばかだなあって思いました。

とにかく環境だ新しい場所だああってやみくもに動いてたけど、場所を変えて殻にとじこまっていたらなにも変わらないんです。

高級レストランに行って持ち込みコンビニ弁当食べてるようです。

 

 

はあ、、ダーウィンでは後悔がないほどやれることやって新しい発見がなかったと思ってましたが、こうやって振り返るとわたしはあたらしいステップにきていると。

 

 

 

いまはなんもおもしろい発想やネタが思い浮かびません。

おもしろい人間だからおもしろい人を呼び寄せる理論もわかってます。

ぜんぶわかってます。

じぶんが今猛烈にダサくて情けないこともわかってます。

ヒヨってるのもわかってます。

けど

けど

いまはあせっているのか、休学してるというプレッシャーからなのか、奇声をあげる毎日です。だれもいない部屋で奇声ばっかあげてます。なんかくるってきました。

これが狂うってことですかね

 

 

 

ちょっといまは自分を認めれないです

さいあくです

 

 

 

 

YURRY旅立つ

 

きょうで日本での生活はおわり!

ついに 4/4 あした、1年の海外生活へと旅立つ。

 

この日がくるのをずーーーーーと待ってた

ここ3ヶ月ぐらいは、出会いもワクワクも目新しさもまったくなく、ただただ単純に生活してる自分がいた。

なんでわたしは生きてるんだろう

なにをしてるんだろう

魂は悲鳴をあげるどころか、この世に存在さえしてない心地だった

 

はやく

はやく  海外に旅立ちたい  わたしのチャンスは外にある  そう信じて、必死にアルバイトをしていた。  正直にいってこの3カ月間の記憶はあまりない。体は地球にあるものの、心は完全に閉ざされていて"はやくこの場から移動したい"、"別の世界にいかなきゃ" ともうろうとしている頭。心はここにはない虚構の世界にいたようだ

 

 

 

そんな暗いことは置いておいて、1年間の海外生活というビッグチャンスを与えられたことに感謝をしたい。

10年後のわたしは世界をかけめぐるスーパーウーマンになってるんだ!!

そのふんわりとした妄想を現実にするべくゆりーは心強く旅立っていこうと思う!

 

 

4/5〜5/2 バリ島

5/2〜 オーストラリアワーホリ

この1年でどんな出会いと出来事があるか、それはゆりー次第であって、運を引き寄せるのもわたしなのです。 

デキル女になるために、たくさんのに出会って、たくさん話してゆりーの頭をふにゃふにゃにさせてやろうと思う!

 

挑戦、チャンス  の1年だから、自分が描く目標に確実に向かう戦略をたてて動くよ。

まってろ地球  🌎✌🏻

 

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自伝第二弾完成!!

 

ついに

 

ついに

 

 

YURRYの自伝第二弾が完成した!!!!!

 

 

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ほんとーーーにおまたせした。

秋ごろに出版予定といっておきながらなかなかいいアイデアが出てこず…ここまでひっぱってしまった。

今回の本の題名は

 

「1920」

 

テーマはリアルアート

 

YURRY自身が19歳のころ体験したモンゴルでの話と、20歳で体験した数々の感性を解き放ちた出来事をまとめている。

「え、ただの日記じゃん」そう思う人はそう思うかもしれない。しかしそこにはYURRYだからこそ描ける世界観と感性で見れる芸術があるのだ。たぶんあの場所に私以外の誰かが同じ経験をしてもだ、ぜったいにこんなにおもしろおかしくならないと思うんですよ。

すべてをゼロで、環境に適応でき、感性をはたらかせれるYURRYだから瞬間瞬間の作品が生まれると思っている。

そして今回もクラウドファンディングでたくさんの人が関わった本になっている。ほんとうにありがとう!!!!!!地球の底からありがとう!!!!!

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そして地球上のみんなへ言いたいのは

YURRYワールドのアトラクション乗ってみない?ってことです。

このジェットコースターやべえええええ楽しいいい!!!って思う人がいれば、どこが楽しいねんマジキチ  て思う人もいるでしょ?

このピカソの絵は1億円の価値がある!って思う人もいれば、まったくこの価値わかんねええええ  て人もいるでしょ?

 

そんなふうにわたしの本に価値を感じる人も感じない人もいていいんです。わかる人に届いてほしい。わたしの本は芸術作品ていう類に存在すると考えてて、この作品は自己満足だし、ただただYURRYの世界を表現しようと思って作ったものでしかないから、だれかのためとかターゲットはない。売るために…!×%9×7×÷・°とも思ってない

しかしクラウドファンディングを実行して約20人の人が支援してくれる。

金なしの学生の友達がYURRYのためなら、楽しみにしてるよ!と支援してくれる。

高校生が何千円も出してくれる

出会ったこともない人がリモートで応援してるよ と支援をする

 

ありえない現象がたくさん起きてるんだ。

まだわたしのことを知る人はほーーーーんのちょびっとだし、これが届く範囲はごくごくせまいけど支援してくれる人も本を買ってくれる人も増えているのは間違いない。

そして確実にだれかの背中を押している。プラスになっている

 

この作品が自己満足のかたちであれ結果的にだれかの世界をもプッシュできることはまーーーーじですばらしいことだと思う

 

 

わたしは表現することに躊躇してられない。

ぜったいにおもしろい。

みんながふつうにやってみせないことを私が楽しんで体験して本にして、彼らも疑似体験できるってちょーーおもしろいじゃん?

 

これから毎年本を執筆していこうと思うんだ。コレクションにするの!そして自分が弱った時、つらいとき、おばあちゃんになったときに見返して軌跡を感じるんだ。

YURRYならだいじょうぶだよ  って

読み手にもパワーをあたえる本だから、心が弱った時に感じてほしい。

自分ならできる!って

こどもにも読ませてあげるんだあ~

 

 

今回の「1920」は1冊2000円で売ってます。

たくさんの人に届けられたらうれしいな!